鹿(タウンニュース紙上企画第3回)
皆さんは,「鹿」と聞いて何を思い浮かべますか。
沢山のシカがのどかに暮らす奈良公園や,可愛い小鹿のキャラクターなど色々連想されるかもしれません。
しかし,近年,農業に関わっている方や林業に携わっている方にとっては,
シカと聞くと苦々しく思われる向きも多いのではないでしょうか。
近年,シカが日本全国で急増しています。
私の地元にある丹沢山地でも,かなりの数のシカが生息し,現在3000から5000頭はいると推計されています。
それに伴い,農作物が食い荒らされたり,苗木や樹皮を剥いで食べて木が枯れてしまうという
被害が多く報告されるようになりました。
このような被害は,1990年代前後から目に見えて深刻化・広域化してきております。
農作物の被害金額は,全国で年間100億円弱にはなるということです。
シカが増加することによって,人が営む農林業に対する影響だけではなく,山の自然環境も変化します。
シカが食べる低木や草の種類は非常に多いです。また,飢えたシカは枯れ葉も食べることもままあります。
その結果,森林の中の地面付近(林床)が貧弱になってしまうのです。
すると,土壌の流出が大きくなって,今までよりも大規模な土砂崩れが起きるおそれが出てきます。
なぜ,このようにシカが増えてきたのでしょうか。
理由としては,多くの要因が絡み合っていると考えられています。
例えば,植林を伐採することで下草が繁茂するようになり,シカの餌が増大したことが一因とも,
また,牧場が増え,栄養価の高い牧草が増えたことも一因にあるといわれています。
さらに,オオカミという上位の捕食者が消えたことも背景にあります。
その理由の中でも,狩猟や捕獲についての法制度や政策の変化ということが
とりわけ大きな理由の一つであると考えられています。
ここで,狩猟に関する日本の法制度の流れについて触れておきます。
我が国においての中世以前の法では,殺生を抑制する規定があったのですが,
明治以降になり,このような規定は無くなっていき,自由な狩猟を志向する法制度になっていきました。
シカについても,捕獲が進行し,個体数は減少傾向にありました。
特に,戦後まもなくの混乱期には,乱獲によりかなり減少しました。
これに対して戦後しばらくして,法律が改正されるにともない,シカの取り扱いも変更されました。
メスジカが狩猟獣から除外され,地域によっては全面的にシカを捕獲禁止にするなど,
保護政策が採られるようになったのです。
その結果,現在は逆に増加し過ぎてしまったということになります。
もっとも,このような法制度や政策を現状に応じて適切に運用したとしても,
その制度を実際に実行する人材,すなわちハンターとして活動する人自体が少なくなってきている現実があります。
また,農作物の被害が増えた理由として,農村が過疎化し,荒廃する(例えば,雑草が刈られず生い茂る)ことで,
シカが人界に近づき易くなり,農作物の被害が多く生じるようになったという説明もなされているところです。
我が国では,農林業など人と自然が長年の相互作用を通じて,里地里山という豊かな自然環境を作り上げてきました。
しかし,ハンターの減少も含め,人間界と自然のバランスが崩れ,その影響がシカの増大と被害の拡大に結びついています。
このような社会構造的な要因が複雑に絡み合った問題に対処するためには,身近な対処方法による対応のみならず,
我々がいかに自然と向き合うか,ひいては,我々がいかなる生き方を営むべきかという問いを発し,
それに答えていく姿勢が求められているのではないでしょうか。
参考文献
高槻成規「シカ問題を考える」
佐土原聡他編「里山創生」
長野県弁護士会編「自然をめぐる紛争と法律実務」
小柳泰治「わが国の狩猟法制」
鳥獣被害の現状と対策について
ニホンジカ 特定鳥獣保護管理計画技術マニュアル
第3次神奈川県ニホンジカ管理計画