近頃、文書を作成したり、画像を作成したりするAIが
世間を賑わせております。
創作という人間のお家芸であると思われた分野まで
AIが進出してきているのは,ある種驚きです。
その評価については様々あるかと思いますが、
これを機会に、美や芸術,そして感情について、
しばし思いを馳せてみたいと思います。


そもそも「美しい」と感じるのはどのような働きなのでしょう。

近年の脳科学や心理学の研究によれば,
美しいと感じる心は,生物学的な進化的起源を有する
ということが明らかになってきました。
そのような,美しいと感じる脳の機構は,
素早く道徳的な判断をする脳の機構と重なっているともいいます。
直感的・感性的な判断をする「古い脳」と連携して,
素早く高度な意思決定をする役割を担っているということです。

前回もお話しをしましたが,
こころの働きは,素早く直感的・情動的に情報処理を行う働きと
論理的思考や合理的判断を行う働きという
大きく二つに分けられると考えられております。
人間の思考プロセスにおいて,感情的な要素が随所に現れ
それが思考を方向付ける働きをします。
美しいと感じること,美意識は,直感的・感情的な判断において
いわば正しさの道しるべとなるものです。

このような「美しい」という感情を生み出す作品が
感性的な判断とは真逆であると一般的には考えられていた
論理的演算の権化であるコンピュータが作り出すというのが,
「感情的な」反発を引き起こしている面もあるかもしれません。


また,美と関係の深い「芸術」についても,
特に近代芸術は,歴史的・社会的な文脈を有してきました。
ヨーロッパにおいては,「美」が神により作り出されたものではなく,
人間の感性によって創造されるものとして神格化され,
政教分離という大きな流れの基礎となったり,
もしくは民族主義の主柱となったりしました。

このように人間社会において確かな文脈を有する芸術作品に
コンピュータが作る作品が含まれるようになるか,
つまりはAIが絵筆ではなく芸術家になることができるかどうかは,,
それこそAIの存在が新しい社会のあり方や理念を変革する
という段になって明らかになるのでしょう。
その際には,人間の種という進化的フレームに囚われない
新たな地平が生まれているかもしれません。


最後に,法曹の世界において,
美や感情がどのような意味を持つかを少し考えてみます。

裁判官は,法の担い手たる職です。
論理的・合理的に法規範を適用していくのを生業とします。
そのなかで注意するべきこととしてしばしば言われるのが,
いわゆる「心証のなだれ現象」により,
特定の証拠評価を過大に考え,事実認定を誤ることです。
これは,直感的・感情的な判断の悪影響と考えられます。
一方,事件の解決をする段において,
「スジ」や「スワリ」といわれる概念が
重要なものとして挙げられることがあります。
これは,裁判官としての経験に基づく
直感的な判断,美意識の発露であるのかもしれません。

一方,弁護士においては,
感情について向き合うということは日常的であり,
また,正面から向き合うべき対象です。
相談者や依頼者は,論理的・合理的な判断のみによって
行動しているということではなく,
むしろ,自身の感情的なもの,例えば怒りや憤りが
行動する動機となっていることがしばしばあります。
合理的な判断と感情による想いを上手く調和させていくことが
事件の解決のために必要となるのです。


<参考文献>
渡辺茂「美の起源 アートの行動生物学」
石川幹人「人は感情によって進化した 人類を生き残らせた心の仕組み」
松宮秀治「芸術崇拝の思想:政教分離とヨーロッパの新しい神」