eigakanとある人に薦められて,久々に映画を見に行きました。
普段は映画館など数年に一度程度しか行かないのですが,その方の熱気に押されたのです。
そうして見に行ったのが「君の名は。」という映画でした。
この作品は現在大ヒット上映中で,邦画の歴代興行収入であの宮崎駿の作品群に並ぶ100億円突破という記録的ヒットとなっています。
私も,色々な意味で非常に感銘を受けました。
内容的にももちろんそうなのですが,この作品を切っ掛けにして,現在のコンテンツの有り方や著作権の姿まで想いを馳せることを可能にさせる,そんな興味深い作品なのです。

この作品は,メインターゲットのティーンの間でSNSなど口コミを通じて広まり,
爆発的なヒットとなりました。
なぜ口コミとして広まったのでしょうか。
当然,内容的に素晴らしいということが前提ですが,それが「映画」であるということ,それ自体が大きな要因となっているものと考えます。
つまり,「映画館に映画を見に行く」というそれ自体が,多くのティーンにとってはイベントとして魅力的であり,口コミの連鎖の呼び水となるのです。
これは,近年,音楽業界ではライブというイベントが活況を呈していることとも呼応します。
エンターテイメント産業の傾向として,CDやDVDなどのパッケージソフトの売り上げは横ばいもしくは落ちてきてますが,コンサートやライブの売り上げは年々伸びていることからもはっきりしています。

このようなイベント的なものの活況の理由は,様々に考えられます。
まず,デジタル化の影響です。
音楽などのコンテンツ自体がデータとして簡単にコピーできるようになり,大量に流通するにつれ,コンテンツ自体の価値よりも,それを消費する仕方自体の価値に重きが置かれるようになってきているのです。
ライブという一回的なイベントに参加するという体験,それ自体が価値を持つこととなり,その体験がSNSを通じて拡散し,共感の連鎖の輪となるのです。

この個人個人の体験自体に価値を置く潮流は,近年広く見られる傾向です。
例えば,医療看護の世界では,ナラティブ・アプローチという考え方が広まっています。
これは,多数の事例から一般的な事実を抽出するエビデンスに基づく医療が普及してきたその反動ともいえる取り組みで,その人個人が体験したストーリーを重視する診療方法です。
また,美術の世界でも,抽象的で普遍的な美が存在するという考え方に一石を投じ,鑑賞する者それぞれの体感にも焦点を当てた取り組みがなされています。
インスタレーションのように一時的に空間を異質なものとして,それを体験する者の感覚を揺さぶるというジャンルがその一つです。
このような分野横断的に見られる「体験」重視の流れが,コンテンツ業界ではイベント的なものの活況となって表れてきていると言えそうです。

douga_haishin_youtuberそして,イベントシフトの外的な要因として,著作権法の影響もかなりあると考えられます。
著作権は,その有り様によって,その国のコンテンツ・技術産業の形に影響を与えます。
著作権法は,コンテンツを作った者の権利を保護することで創作を促すという構造です。
しかし,コンテンツは制作するだけでは自己満足に過ぎず,それを消費する者がいて初めて産業となります。
権利者を保護し過ぎると,消費者の利用が不便になって,かえって文化の発展を阻害するおそれがあります。
著作権は,近年,インターネットの利用において,著作権者が利用を認めない違法なコンテンツのダウンロードを刑事上も違法にするなど,権利保護の強化が急速に行われています。
このように違法にダウンロードされるコンテンツは,パッケージのものが多いことでしょう。
一方,インターネットにおいては,YouTubeやニコニコ動画などの動画サイトが興隆し,ライブ感あふれる動画(例えばユーチューバー)が人気を博しています。
また,ニコ生やUstreamなどの配信サイトでは,まさにライブ中継が行われています。
これらのサイトはデータをダウンロードしてパソコンやスマホで利用する方法として,ストリーミングやプログレッシブダウンロードなどの方法が使われています。
動画サイトのこれらの方式の場合,視聴するだけの場合には,違法にアップロードされた動画であっても,刑事において、合法という取り扱いと行政解釈上なります。
(もっとも,民事上,違法となったり賠償対象となり得ることはあり得ます。)
著作権法的に,動画配信を視聴する障壁は低く,これが視聴者の拡大につながっている面は否定できないのです。
このようなあり方が適切か否かは当然議論がありますが,ライブ的なものの興隆の後押しには確実になっているもと思いますので,創作と消費のバランスを取りつつ,慎重な調整をする必要があると思います。

 

みずほ銀行産業調査部「コンテンツ産業の展望」みずほ産業調査(48)
福井健策編「ライブイベント・ビジネスの著作権」
中山信弘「著作権法第2版」
政府広報オンライン