道徳心はどこからくるの?(タウンニュース紙上企画第9回)

あなたが正しいと信じること,悪いと感じることが,あらかじめ遺伝子にプログラムされた結果だとしたら,どう思いますか。最新の科学で,人の倫理観や道徳感情というのも,脳の中に生物学的な基盤があることが明らかにされてきております。

job_medical_nougeka 神経科学者の金井良太氏の著作「脳に刻まれたモラルの起源 - 人はなぜ善を求めるのか」は,人間が善悪の判断をするときに,どのような脳の領域が倫理的判断に関わっているかを研究してます。

脳のMRI画像を調べた結果,「どのような道徳感情に基づいた倫理観を重視するかが,人それぞれなのであるのは,脳の構造の違いを反映している」ということが分かってきたということです。

つまり,脳のある部分が発達している人は,平等であることを重視しがちになります。また別の脳の部分が発達している人は,義務に従うべきだということを重視しがちになる,という具合です。

このことは,脳の構造を見れば,その人の道徳的な傾向がある程度分かるということも意味します。

なぜ,倫理的,道徳的なことが,脳の構造からある程度決まるようになったのでしょうか。

氏によれば,「人類が誕生し集団生活を行うなかで,倫理的な感覚をもつ集団が生存に有利であったがために,倫理観をもつ脳が自然選択によって選ばれてきた」と推測をしております。

人類は,集団を形成して生活を営んできた歴史があります。集団であるとすると他者と協力したりする必要があります。そのような中で,倫理観や道徳感を持つ個体が進化の上で有利であったため,生得的に倫理観,道徳感を持つようになったという流れです。

ベストセラーになったユヴァル・ノア・ハラリの「サピエンス全史文明の構造と人類の幸福」によれば,進化心理学上,人類の現在の社会的特徴や心理的特徴の多くは,農耕以前の狩猟採集時代に形成されたと言われているそうです。およそ200万年の間,人類は,比較的小さな集団,せいぜい200人という中で生活してきました。そのような中で,人との関わりについての生物学的な枠組みが形成されていったと考えられます。animal_mammoth

 神経学的な知見の進展に触れて気になるのは,人が善悪を判断するという心の働きがどの程度まで遺伝子により決まっているかということです。法律の分野の中では,犯罪学において,人はなぜ犯罪を犯すのかという議論において,問題となるでしょう。犯罪の原因としては,伝統的に,対立する二つの考え方が説かれてきました。一つは,その人の素質によるという考え方です。そうではない,個人を取り巻く社会的環境によるのだという考え方がもう一方にあります。

現在は,アメリカで発達した犯罪社会学やラベリング理論などが興隆しております。上記の大枠でいえば,環境や社会構造において犯罪が作られるという側に属します。

これに対して,脳の構造上,倫理的な基盤があるという考え方からは,生物学的な要因の側に属するといえるでしょう。犯罪を神経学的な知見から捉える考え方は,Neurocriminology(神経犯罪学)という領域として,発展段階にあります。

 このような考え方を,実際の法の適用にどう活かすかについては,慎重な議論が必要です。犯罪の原因として生物学的な基礎を考える方法が,一時下火になった理由は,その学問的な不正確さ(特に,祖のロンブローゾ)もさることながら,そのような議論が差別やいわゆる優生学思想に繋がるのではないかということにもあります。パンドラの箱を開ける前に,人が人として尊重される,人間の尊厳について今一度考える必要があるでしょう。

family_danran_big さて,遺伝と環境,どちらが影響が強いかということですが,上記「脳に刻まれたモラルの起源」によれば,他人を信頼するかどうかという問題について,遺伝的要因で決まっている部分もあるが,それはたかだか10%から20%程度であることが示されたといいます。環境の影響も大きいということです。発達心理学では,遺伝と環境の相互作用について説かれていることも考慮に入れるべきでしょう。

全て遺伝により決まっているというよりも,努力すれば変えることもできるというほうが,未来に希望がある,そう感じるのも遺伝のせいではないと信じたいところです。

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