最近,破産者マップというサイトが公開され,議論を呼びました。
なお,現在では閉鎖されております。
具体的な法的な問題点については,既に多くのサイトで指摘されております。
ここでは,かかるサイトが抱える社会的な問題点について,
他の法的制度と比較しつつ,考えたいと思います。

まずは,そもそも倒産法制の目的とは何かについて,検討します。nihonchizu_area

倒産においては,個人の倒産と企業(法人)の倒産があり,それぞれについての視点で考えてみます。

企業の倒産については,まず,債権者の抜け駆け防止が挙げられます。
複数の債権者がいる場合に,もし何も無い状態であれば,回収が早い者が得をすることになってしまいますので,我先にと債権者が回収を行うことになってしまい,本来であればもっと活動を継続したほうが債権者全体の利益になったはずであるのに,早まった形で企業活動が終わってしまいかねません。
このようなことを防ぐため,現行の倒産法制は,債権者が集団で公平に行われることが指導原理となっております。(注1)

しかし,このような債権者の利益を主眼にするのでは,
債務者が自分の情報を積極的に開示しないなど,スムーズには進みません。
そこで,以下のような,債務者側のメリットもあります。

また,企業の倒産については,倒産により債務が減縮されるという保証があることにより,倒産の前後において積極的に投資を行うことができるようになることが挙げられています。

そして,よりマクロな視点では,効率的でない企業について,
市場から退場させることにより,社会全体の効率的な産業構造への
移転を促すことにもつながります。

これに対して,個人の破産においては,
重なる部分もありますが,弱冠異なる部分もあります。

pose_atama_kakaeru_woman_moneyまず,個人が債務を返せない状態に陥る原因としては,
不測の事態,例えば,病気とか,失業,離婚などにより,
債務が返済できなくなるということがあり得ます。
このような場合に,債務を返済させ続けることにより,
病気を治すための医者の費用もなくなり恒久的な健康問題になったり,債務者の子どもが学校を中退して復帰できなくなる可能性もあります。
このようにして,個人の消費水準が減少することにより,
経済全体の景気後退を引き起こしたり,それを助長することになります。
かかる事態を防ぐ,消費への保険としての役割があります。


また,債務が返せない状態に陥った個人については,

個人の債務者は,将来の債務をずっと負うことになります。
この状態を続けさせるのは,債務者にとって憂鬱であり,懸命に働く気を無くさせるものです。
そこで,債務を減縮することでフレッシュスタートをさせ,
労働意欲を増大させるということが目的として挙げられています。
これは,個人と会社が一体的である中小企業においても同じような恩恵を受けられることになります。

かつて,ローマ時代においては,債務者は奴隷として売られ,
ディケンズ時代のイギリスでは,債務者が監獄に閉じ込められた時代がありました。
日本においても,戦後,現在の免責制度が導入されるまでは,
一度借金を抱えてしまっては,一生涯債務の重圧に苦しんで生活したり,
借金返済のために子どもを身売りするということもありました(女工哀史の世界)。
倒産制度の役割の中で,特に個人の破産については,
債務の免責は,極めて重要な位置づけとなっています。
しかし,もし,破産申立てをすることによる不利益が大きいならば,taiho_rouya
個人が倒産手続きを利用するのをできるだけ控えるようになり,上記の目的が達せられなくなってしまいます。
実際,アメリカの実証的研究において,破産申請をすること自体の社会的な避難や汚名が小さいならば,破産申請の確率が有意に高くなるという結果が出ているということです。(注1)
破産者マップにより,破産者の実名について検索すれば,
破産したかどうかや住所が簡単に分かるということは,
申請をする者にとって,プライバシーを害する不利益となります。

では,この不利益は,どの程度大きいのでしょう。
他の日本の法制度との比較から考えてみます。

例えば,刑事処罰をされたかどうかという前科記録はどうでしょう。
裁判の判決は,憲法上公開とされております。
これは刑事でも変わりません。
しかし,公開法廷で下される判決自体とは異なり,
判決が記載された判決書については,閲覧制限されることがあります。
その制限の事由の一つとして,犯人の改善更生の妨げになること,
法律が予定している以上の実質的な制裁が加えられるような
事態を防ぐことが挙げられています。(注2)
このように前科等の情報についても,みだりに公開されないという形で
プライバシーとしての保護を受けることは認められております。(注3)
一度公開されたからといって,それを別の方法で公開することが
必ずしも許されるとは限らないのです。

また,公開の方法についてはどうでしょう。
同じく国によって公開される登記との比較で考えてみます。
登記は,取引の安全と円滑のために,不動産や会社に関する事項を
公示することを目的とした制度です。
このような趣旨からすると,できるだけ広く
世間に公開すべきということになるはずです。
もっとも,かかる登記についても,登記事項証明書についての
交付を受けるためには,所定の場所に行って,
対価を支払わなければなりません。(注4)
一方,破産者マップの場合には,このような手続的な手間はなく,
ネットで検索するだけでできてしまいます。
情報に接すること自体が権利侵害になることからすると,
このように非常にアクセスのしやすい方法であるということ自体,
侵害性が著しいものであるといえます。

saibanjoさらには,現在の法制度上も,情報に対するアクセスのしやすさに応じて,法制度自体を変えているということもあります。
例えば,裁判所からの送達の方法の一つとして,公示送達という制度があります。
裁判所の掲示板に呼出状を掲示することで送達する方法です。(注5)
わざわざ裁判所(理論上は全国であり得ます)の掲示板を見に来る者などほとんどいませんから,送達される者が現実に知ることは,ほとんど不可能です。
ですから,あまりに不利益を与える場合には,公示送達の方法によることができないとしたり,送達の効果を制限したりしています。(注6)
現行の破産法が,官報による公告のみと方法を定めている以上,
かかる方法を超えた形でのアクセスについて,明らかに法は予定していません。

上記のように他の法制度を参照して考えてみるに,
破産者マップのもたらす不利益性については,やはり著しいものがあります。
倒産手続きが利用しづらくなることにより,もちろん債務者も困るわけですが,
大局的には,お金を借りること自体が避けられるようになることで,
貸金業者も困るし,なにより消費経済自体が縮小していきかねません。
このような試みが今後なされないことを祈るばかりです。

 

(注1)ジュゼッペ・ベルトーラ他「消費者信用の経済学」279頁
(注2)刑事確定訴訟記録法4条2項4号
    なお,実務上,記録の閲覧はできるだけ制限する方向で運用されて
    いることにつき,コンメンタール刑事確定記録訴訟法115頁
(注3)最判昭和56年4月14日参照
(注4)不動産登記法119条,商業登記法10条,同規則19条
    なお,登記簿自体については閲覧制限はないものの,
    附属書類の一部について閲覧制限の制度がある
    (不動産登記法121条2項,商業登記規則21条)。
(注5)民事訴訟法111条,同規則46条
(注6)前者として,支払督促(民事訴訟法382条但書),
    後者として,期日欠席による擬制自白(民事訴訟法159条1項但書)